子どもの頃、小学校低学年のとき、両親が離婚寸前まで大げんかをした。何がどうなったのか、何が始まりかは知らないけれど、両親が大声でケンカしているのを二階の寝室で聞いて、泣きながら下へ降りてきた。「ケンカしないで!」と訴えた。とんでもない事態になるという予感が働いたのだと思う。そもそも父親が夜に家にいることが珍しかったから。
うちの父親は家に寄り付かない人で(後から知ったのは別に家庭があったとのこと。ちなみにうちの母が本妻)、たぶん、そういうことでケンカしたんじゃないだろうか、と大人になってぼんやりと思う。
両親は結局、離婚はしなかった。
その仲直りと証というか、なんというか、その後すぐ、我が家はリフォームされた。
その理由は母曰く「部屋は少ない方が寂しくなくていい」からだそうだ。
それまでうちの便器は和式だったのだが、そのリフォームによって洋式に生まれ変わったのだ。
そのトイレは便座が温まるタイプ(当時、ウォシュレットなんて存在しなかった)で、衝撃的だった。だって、トイレの電気は消さないといけないのに、便座を温める電気は無駄じゃないのだから!
それ以来、ぼくにとってのトイレの便座とは和式以外は温かいもの、お尻の皮膚を決して冷やさないものとなったのだ。
今、ぼくが住んでいる部屋のトイレ、その便座は冷たい。
朝(でも夜でも)、大きい方をするのが苦痛で仕方がない。
あのヒヤリとするのがもう、本当に嫌。チャンスが引っ込む。
前のテキストで「禅」にハマっていると書いたけれど、禅にとって食事も仕事(労働)も、お掃除も修行、禅なのだ。
その教えが生きる。
夜の小便中(ぼくは絶対に立ってする、絶対)にそのことを思い出し、
「あっ、トイレの掃除しよう」と便座を拭こうとして気づいた。
「あれ、この便座、厚いぞ。しかもコンセントにケーブルが延びてる?えっ!?」と思い、コンセントを辿るとなんと、温かくなる機能が付いているではないか!
この便座に座り始めて半年ほど経って初めて知りました、そのポテンシャルを。
そろそろ本格的に暖かくなるけれど、ぼくの便座は温かくしておこうと思う。
さあ、思う存分、という奴だ。
■ぬけがら。
昨日の嵐のような雨ふり。
図書館へ向かおうと傘をさして外へ出る。
そしてこんなものを発見。
うおお、マジか?となる。
「この時期に?
オレが無知なだけか?」と、一人ゴチる。
まさか、この時期に見かけるとは思わなんだ。
ひょっとして、誰かのイタズラでしょうか?










