トイレの神様とぬけがら。


■トイレの神様(電気の力)

子どもの頃、小学校低学年のとき、両親が離婚寸前まで大げんかをした。何がどうなったのか、何が始まりかは知らないけれど、両親が大声でケンカしているのを二階の寝室で聞いて、泣きながら下へ降りてきた。「ケンカしないで!」と訴えた。とんでもない事態になるという予感が働いたのだと思う。そもそも父親が夜に家にいることが珍しかったから。

うちの父親は家に寄り付かない人で(後から知ったのは別に家庭があったとのこと。ちなみにうちの母が本妻)、たぶん、そういうことでケンカしたんじゃないだろうか、と大人になってぼんやりと思う。

両親は結局、離婚はしなかった。

その仲直りと証というか、なんというか、その後すぐ、我が家はリフォームされた。

その理由は母曰く「部屋は少ない方が寂しくなくていい」からだそうだ。

それまでうちの便器は和式だったのだが、そのリフォームによって洋式に生まれ変わったのだ。

そのトイレは便座が温まるタイプ(当時、ウォシュレットなんて存在しなかった)で、衝撃的だった。だって、トイレの電気は消さないといけないのに、便座を温める電気は無駄じゃないのだから!

それ以来、ぼくにとってのトイレの便座とは和式以外は温かいもの、お尻の皮膚を決して冷やさないものとなったのだ。

今、ぼくが住んでいる部屋のトイレ、その便座は冷たい。

朝(でも夜でも)、大きい方をするのが苦痛で仕方がない。

あのヒヤリとするのがもう、本当に嫌。チャンスが引っ込む。

前のテキストで「禅」にハマっていると書いたけれど、禅にとって食事も仕事(労働)も、お掃除も修行、禅なのだ。

その教えが生きる。

夜の小便中(ぼくは絶対に立ってする、絶対)にそのことを思い出し、

「あっ、トイレの掃除しよう」と便座を拭こうとして気づいた。

「あれ、この便座、厚いぞ。しかもコンセントにケーブルが延びてる?えっ!?」と思い、コンセントを辿るとなんと、温かくなる機能が付いているではないか!

この便座に座り始めて半年ほど経って初めて知りました、そのポテンシャルを。

そろそろ本格的に暖かくなるけれど、ぼくの便座は温かくしておこうと思う。

さあ、思う存分、という奴だ。

■ぬけがら。

昨日の嵐のような雨ふり。

図書館へ向かおうと傘をさして外へ出る。
そしてこんなものを発見。

うおお、マジか?となる。

「この時期に?
オレが無知なだけか?」と、一人ゴチる。

まさか、この時期に見かけるとは思わなんだ。
ひょっとして、誰かのイタズラでしょうか?

禅。


最近、禅に興味を持つ。

座禅もはじめた。
こころを少しだけ落ち着かせること。
そこから、だ。

宗教に興味はないけれど、
セルフトレーニングとしての、日常的習慣へ。
禅、瞑想。
瞑想、平穏。
朝食はヨーグルトしか食べないのも、同じようなことかしら。

座禅時は丹田式呼吸というのが基本らしい。
俗にいう「腹式呼吸」だ。

ここで演劇部にいた経験が生きる。
思っている以上に腹式で呼吸ができるのだ。

開高健大兄が言っていた。
「無駄を嫌ってはいけない、嫌悪をしてはいけない。
何が無駄かなんて、後になって振り返ってみないと、分からないのだから」と。
まさしく。

あの頃、授業にも顔を出さずに、部室に入り浸って芝居をしていたことを思い出す。
あの経験は無駄ではなかったのだなと思う。

何が無駄かなんて、後にならないと、わからない。


そんな無駄をこよなく愛しながら、その無駄がナースグローブになるかも。
その可能性を信じて、今日も生きていますよ。

再生。


ぼくが「思うところ」の再生をはじめてから、それぞれに時間が過ぎようとしている。

もう半年近く経つ「再生」もあれば、1週間とかの「再生」もある。

人生というか生活の「BTTB」。
新しい発見もいくつか、あった。

たとえば、体重が20キロほど落ちたこと。
これは21歳から27歳ごろの一時期、一区間の体重であるから、およそ7-13年前に戻ったことになる。
なので、当時に購入した服がちょうど良く切ることができたり、一番体重が重かったときに手に入れた服がぶかぶかだったり、だ。

「オレ、こんな体型だったんだ」 と思ってみたり、
「こんな格好をしてみようか」と挑戦したり、なかなか肯定的なことがふえてきた。

以前、100キロ近くあったことは、ある意味、ぼくの黄金時代の象徴ではあるけれど、体重を落とした自分というのもなかなかいいものだ。

再生すること、以前のように、だ。


先週、テキストに書いたように円形脱毛症の治療をスタートしたのだけれど、治療から3日ほどで効果を実感したのである。

今までツルツルだった患部が、ジョリジョリに!
液体チッソと塗り薬、飲み薬の素敵な 3点セットのおかげとのことだ。

こちらも「再生」である。


ぼくの持病のひとつであった「痛風」の発作がもう一年近く起きていない。
これも体重を落とした成果のひとつであろう。
痛風におびえない生活、再生である。


もう、春だ。
言葉はつねに芽吹いている。
さあ、はじめようか?

おとしもの。


前回のブログをアップした帰りの出来事。

電車に揺られて最寄り駅へ戻っていると、突然、
「あの〜、携帯電話の落とし物があるんで、車掌さんが来たら渡してください」
と、おじいさんがぼくの所へやってきて、そう言う。

「ん?」と思っておじいさんが指差す方をみると、斜め前の座席にシャンパンピンク?の携帯電話が置き忘れられている。
「はい、わかりましたよ」と伝えると、停車した駅で降りていった。

こんなことってあるんだなあと思いつつ、ほったらかしにして、次の終点(最寄り駅)で確認することに。

すると、だ。

携帯をとりにいくと、
「やられた!」と一瞬、顔を赤くなるのを感じる。

なんと、携帯電話だといわれたので、そう思い込んでいたのだが、
それは「タバコの空き箱」だったのだ。

「く〜っ!」という思いとともに写真をパチリ。

どうみても携帯電話に見えるよなあ〜。


とうとう皮膚科へ行ってみました。
「多分、円形脱毛症だと思うのですが〜」と、後頭部を見せた途端、
「ハート型じゃん!」と医者に言われましたわ。

なるほど、ハート型か。
で、やっぱり円形?と訊くと、
「うん、アレルギー性だからねえ」と肯定だか否定だか判別しかねる回答が。
「治るんすかねえ?」
「うん、必ず、治る!」とのこと。

へんな治療(チルド?で患部を冷やして毛根を活性する?)で、終了。
お薬をいただいたので、飲んで、塗るのみ。

坊主にしたとたんに判明した円形脱毛症。
治るのか?
治ってもらわないと、困る!

取り戻す作業。

いろいろと取り戻さなければならないことがある。

一から十まで、ほんとうに、たくさん。

時間を2007年まで戻すことにする。

京都は修学院で生活していたほんの一瞬の覚悟まで、戻す。

精神的な部分では、活力というか、ぼくがぼくであるための精神的支柱を。
物理的な部分では、あこがれというか目標というか、そういう部分へ。

いろいろとやらなければならないことがあります。

とはいえ、あの業界へ戻る気というか、そんなチャンスはなかなかないので、まあ、その部分は追々になる予感。

どの業界なのか。
どの仕事なのか。
どの天職なのか。

世界はまだ充分ではないのです。


先週は大学の先輩と念願のスーパー銭湯へ。
年始に一度訪れたお風呂。
昼から夕方遅くまで、くつろぎました。
なかなかのお湯ですが、気になるのはお風呂の種類が少ないことかなあ。
それと少しだけ、ぬるい。というか、もっと熱いお湯のお風呂があってもいい。
少しだけ面白いなあと思ったのは、サウナのテレビチャンネルを、
「ドラゴンズの試合にせえ」という注文が入ったこと。
さすが中日の地元ということか。


明日はその大学の先輩と「栄」の方へ。
いわく、四条河原町みたいな所らしい。
非常に楽しみではある。別に用事はないのだけど、一度くらいは、ね。

三時間。


あれから、ほぼ毎週のように、T市のネットカフェに出没している。

3時間で900円ぐらいの贅沢。

浴びるようにコーヒーを飲み、漁るようにネットからの情報を入手する。

なので、3時間は常にあっという間に過ぎる。

「あっ、ブログを更新しなくちゃ」と思うときはすでに遅しで、気づいたら終了10分前とかである。

本当に「申し訳」という感じ。

先日、群馬の友人・Oくんより着信があった。

実はO くんのお父さんと諸生はフライフィッシング友だちなので、
「ひょっとして、何かあったのかしらん」と折り返し電話をすると、
「心配だったから電話してみた」とのこと。

どうやらこのブログをみて、心配してくれたらしい。

いい人。

なので、まあ、一週間に一回ぐらいは「生き恥をさらしております候」と記事をアップするのが、親切なのではないかと思ったわけです。

最近、スティーブ・ジョブズの自伝(上下巻の上)を読んだ。
「現実湾曲フィールド」か。
「どうやらぼくにも備わっているみたい」と変な共感を抱く。

はやく下巻も読みたいけど、給料日までの我慢と決めておりますよ。


こういう環境下にいると、割合、ネット環境がなくても生きていけるのだなあと思う。
思い返してみると、結構、テレビのない状況だったり、ネットのない環境で、ぼくは普通に生きていけたのだし、何を今更という感じもするのです。

とはいえ、あったほうが、断然便利、なのは事実で、この生活の中で唯一心配なのは、
東海沖地震が「がつん!」と発生したとき、ネットなしでサヴァイブできるだろうかということ。
あの地震のとき、携帯と普通の電話回線は麻痺したけど、ネットのスカイプでは連絡がとれたもんなあと感心するのです。

まあ、そのときはそのときで、生きていかんと駄目なのだろうけど。


つぎのMacのOSは「マウンテン・ライオン」だって。
まあ、なんだかなあと思う。
そのうち、海洋生物にいくような気がするんですよねえ、ホエールとか。
まあ、楽しみです。SJ以降の初のOSリリースだからねえ。

 

死神は去った。


こころに傷を残し、修復不可能な関係を残し、死神は去った。

生きるという結論に至ったのは、あの人に気持ちがないと言うことがハッキリしたからだ。

じゃあ、次に行くぜという感じ。

たくさんの友人に世話になった。
数人の友人にはこころに傷を残してしまったかも知れない。

京都の友人/先輩の一人からこのブログをみて連絡があった。
本当にありがとうございます。
命令どおり「死にません」。
大丈夫、生きていきますよ。
帰るべき場所は多分、京都ではないんだろうなと思うけど。

大阪にいたのも、亡霊におびえていながら、無性に恋しかったからだし、
こんどこそ、本当に、次にステージに行けそうです。

死神が去った。
死神は僕を十分に苦しめた。
もちろん、こころに背負うべき傷をきっちりと残したし、制裁があるだろう。

けれど、生き残った証として、この6年間、最初のワールドボールクラシック優勝の日から、
僕のこころにあった後悔や夢の燃えカスをも、死神は持ち帰ってくれた。

だから、ものすごく気持ちが楽なのです。

*
制裁のひとつとして、当分?一週間?ネット環境から離れます。
このブログの更新や、ツイッター、メールなどが不自由になります。
なので、しばらくは声を発することはできませんが、大丈夫です。

ただ以下URLでは継続が可能かもしれないので記載します。
いつから始まるのかは未定だけど、2月には。

http://blog.granadahills1996.com/

何かあれば、知人から連絡が回ってくるでしょうし、音沙汰がないのは元気な証拠です。

まあ、しばらくの間です。

あの日から数ヶ月、仕事場とアパートの往復だけで生き、
何の表現もしていなかったのですから、今回もどうにかなるでしょう。

やるべきことをやるだけです。

今日は大学時代の先輩とお茶会@豊田市。

楽しんできますよ、名鉄に乗って。

ホームレス時代のこと。

一ヶ月間ぐらいかな、5年ほど前、ホームレスをしていた。
ひもじっくて、情けなくって、死のうと思っても、死ねる勇気がなく、悶々と生きていた。
最近、精神科へ通っているのだけど、そこの先生とあわず、薬だけをもらう日々で、
服用するのだけど、薬があわない。楽じゃないね、人生は。


この本を香山リカ経由で知り、購入。

結局、多くの友人の助けを借りて、生き延びたのだけど、今思うと、よく生きていたなと思う。

このブログのタイトルである「生き方が死に方を決める」というように、
ロクな人生を歩まないと死に方も悲惨だと思う。

僕はいま人生のどん底にいる。
このままだとロクな死に方はできないなと思う次第。

それでも、こころが雨漏りしない日は、旅に出たいなあと思う。

工場での10分休憩のとき、青空をみながらの一服時や、
休日、洗濯物を干そうかどうかと悩んでカーテンを開けたときに。


ホームレス時代、琵琶湖湖岸の駐車場で生活していた。
釣りがしたかったのが表向きの理由だけど、いつでも入水自殺できると思ったから。

僕にとって、死にたいと思うことは生きたいという言葉と表裏一体。
強迫性障害の僕からするとそれが当たり前のことなのかもしれない。

もう6年ぐらい?
いや、17歳の頃から自殺願望があるから、18年ぐらい死にたい病にかかっていた。
顕著になったのが、6年前か。

不思議なくらいあの当時、釣りはしなかった。まあ、したけど。
今は何が希望なんだろう?

希望がないと本当に生きていけないんだよね。
逆に希望に生かされる。

そういうことがわからない女性とであうことが悲劇なのかも知れんな。


旅に出たい。失踪じゃなくて。
飯田線なんかいいかもね。

風邪をひいて、昼から寝て、今起きてしまったので、ハイテンション。
こういうのが一番やばいんだよね~。気をつけよう。

しなければならないことは、まだ、いくつか、あるから。

鉄コレ「三陸鉄道36-100形ディーゼルカー(T)」

大手鉄道模型メーカーTOMIXのブランド「ジオラマコレクション(ジオコレ)」。

ジオコレが展開する鉄道模型(Nゲージ)カテゴリーが「鉄道コレクション」、鉄コレである。

その鉄コレが昨年の大きな地震で被災した三陸鉄道の復旧応援するために、
同社の南リアス線を走るディーゼルカー36-100をリリースした。

この製品の売り上げの一部が三陸鉄道に贈られるという。

こういう形でのコレクションもありなんじゃない?ということでトミックスのサイトで決済。
(完全予約生産のため現在は購入できないみたい)

本日、届きました。

きちんと礼状も封入されていて、少しは役に立てたのかなあと思うのです。

いや、そんなんじゃないな、偽善だな。

欲しいから買った。で、それがたまたま復興応援商品だっただけ。
好感が持てるのはメーカーが骨身を削ったこと。そういう会社にお金を落としたい。


僕が働いている工場は、今、変な取り組みをやっている。

指定のランチを食べるとその中の利益から南アフリカ?の子どもたちに給食があてがわれるというもの。

「社をあげて!」という感じなんだけど、ちょっと違わないか?

労働者を当たり前のように残業させて利益を生んでいるあんたらがやれよ、と思うのです。

労働者にはキチンと賃金を支払い、運営費をまかなう。そして利潤が残る。その中からアフリカ?の子どもたちに給食を食べさせてあげるべきと違うか?

多分、労働者各位は反対はしないと思うよ。
会社の利益の1パーセントでもすごい金額だし、
かなりいい給食とかなり大勢の子どもたちにご飯を食べさせてあげることができるから。

まあ、言ってもわからない世界ナンバーワンの系列の会社なのでした。

明けない夜は本当にないのか?

明けない夜はないって歌う人がいるけれど、本当でしょうか?

夜を乗り越えても、また夜は来るのに。

生きるためのモチベーション、そして楽しみ方はひとそれぞれ。

例えば、昨夜テレビで放映された横見浩彦さんの鉄道ロケもそうだし、
音楽を奏でたり、 BLACK FLAGのレコードに耳をかたむけるのも、きっとそうだろう。

昨夜は19時ごろ寝てしまい、目覚めたのは27時。
ももいろクローバーZの動画をYOUTUBEでガンガン観て、少しだけ元気になったところ。

この年齢になって、アイドルって意味があるんだなあと思うわけです。

最近、というか18きっぷの有効期限が切れてしまってから、ぜんぜん鉄道してない。

とはいえ、ポチポチしたNゲージがぽろぽろと届き始めてはいるのである。

鉄コレ」っていいけど、 動力化するのがいちいち面倒だなあと思いつつ、
何車両か所有しているけど、改良したことがないのは問題だ。

ぼちぼちといじっていくのも「明けない夜」のためにはいいのかも知れないな。